自分のために

 

よくある話。


勤めている会社と上司に希望が持てない。


辞めたいと思っている。


辞めたいと思っているがお世話になった先輩に申し訳ないし、自分が辞めたら同僚や部下が苦しむのが目に見えている。


実際に辞めた人がいるが、自分も含めやはり苦しくなった。


だから辞められない。







先輩のため、同僚のため、部下のため。


自分のためは?


辞めたいはずだけど辞められない理由を自分で作る。


辞められるはずだけど辞められない理由を自分で作る。







理由を自分で作る。


自分で作り出した理由を絶対の決まり事のように思い込んでしまう。


なぜ?


ここではなぜかは問題ではなく、本当は自分は自由だと思い出すこと。


辞められる、伝えられる、別れられる、引っ越せる、、、、、、変われる。







怖いんでしょうね。


冒頭の事例では、先輩、同僚、部下にどう思われるか、辞めた後のことが。


僕はそうでした。







仕事の場合に限らず全ての選択が怖かった。


変化が。


だから変化しない選択肢を探す。


そしていつの間にか動けなくなっている。


当然苦しい。


まさかその苦しみを自分で作っているなんて夢にも思わない。


状況や環境が悪いだけだと思い続け。







子供は、お母さんに愛されるために、認めてもらうために、褒めてもらうために、喜んでもらうためにあらゆることを行います。


価値の基準はお母さんです。


もう、わたし結構いい大人です。


誰かのためにではなく自分のために。


もちろんその自分とは、エゴの自分ではなく魂である自分のために。







読んでいただきありがとうございました。

 

 

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