あるものとして

 

彼女ができたら、やりたいことが見つかったら、結婚できたら、子供ができたら、あの人みたいになれたら。


どれも僕を幸せにはしてくれませんでした。


なぜなら幸せとは何かを知らなかったから。


幸い今は、知らなかった、と過去形にすることができています。






先ほど妻が、昨日観た映画のスタッフのインタビューについて話してくれました。


在日朝鮮人であるその彼が「生まれてきて良かった。」と話していたそうです。






生まれてきて良かった。


そう問われると、正直僕は素直に「うん」とは言えませんでした。


あ、「うん」と言えないんだなとあらためて認識しました。


うすうす気づいてはいましたが、あらためて、生まれてきて良かったと言えないのは、恥ずかしいような残念のような後ろめたいような希望がないような、何とも言えない気持ちになりました。






そうなるんだって自分の中で宣言しないといつまでたってもなれないよ。


そう妻に言われ、今、そうだった、と思えたから書いています。






そうだった。


いつでもそうだった。


鍼灸の探求をする時、目に見えない「気」をあるものとして。


自己探求を始めた時、「神」をあるものとして。


あるものとして探求しない限りそれは見つからない。


そうでした。






生まれてきて良かった。


曇りなく言える人になりたいです。






暗い話にお付き合いいただきありがとうございました。


ちなみにその映画は「夜を賭けて」山本太郎さん主演です。


素晴らしい映画でしたのでおすすめです。

 

 

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