かもしれない野郎って知ってます?

 

あらゆる病気はよろこびの欠如からではないでしょうか。

もちろん肉体は時間と共に朽ちていくものなので、物理的な影響、例えば切る打つ、食事を摂らないなどで病気になります。



よろこびとは趣味、仕事、子育てなどに例えられるかもしれません。

確かにこれらはよろこびですが、その中に刺激というものが巧妙に隠されているように思われます。

人は刺激を求めます。

現実からいったん離れたい時、現実と向き合いたくない時などに。

現実とは生きるということで、子供であれば友人や他者との人間関係や両親の関係性や両親との関係性かもしれません。大人であれば同じく友人や他者や両親、それにパートナーや配偶者や子供との関係性、経済的なこともあるかもしれません。

これらから意識を逸らすために刺激を求めます。

ストレスの解消法は?とたずねると趣味や旅行などの答えが返ってきます。これ刺激です。



よろこびとは愛であり、ただ与えることができ、ただ受け取ることができる。

そこには何も犠牲が伴わないので、自分が犠牲を払うことも、他者から何かを奪うこともない。

全ての人はこの愛を等しく持っているはずです。

ただ恐れからこの愛を見失っているだけです。これに例外はないと思っています。

恐れとは裏切られるかもしれない、失うかもしれない、間違っているかもしれない、傷つけるかもしれない、救えないかもしれないなどの、かもしれない野郎たちです。

このかもしれない野郎たちを信じきっています。第一にしています。ありきにしています。

かもしれない野郎たちに権力を持たせているのは自分です。

愛に権力を持たせましょう。



誰も犠牲を払わない、誰も奪われない、無限に与え無限に受け取る、その上での幸せ。

誰もがこれを実現できるはずです。

僕も私もあなたもあの人も。

だって人はそう創られているから。

生きているだけで価値がある。存在しているだけで価値がある。わたしたちはよろこびそのもの。

全部思い出しましょう。

鍼灸でそのお手伝いをさせていただいています。

鍼灸で幸せに。



あっ、真面目になりすぎても苦しいはずなので、適度に刺激も入れましょうね。

大切なのはよろこびと刺激の区別が出来ていることだと思います。


読んでいただきありがとございました。